終戦の日に思う―受け継いだ命をどう生きるか

今日(2026年8月15日)は、81回目の終戦の日です。

このブログは、昨年、2025(令和7)年8月15日(金)に放送したプロティアン・ラヂオの内容から作成しています。
したがって、その当時の状況をそのまま反映していることを予めご了承ください。

8月15日の正午、全国で捧げられる黙とう。その静寂の中で、私たちは何を思うのでしょうか。

戦争で犠牲になった多くの方々の上に、今を生きる私たちがいる。終戦の日は、平和の尊さとともに、「生きる」ということをあらためて考える日でもあります。

喜多川泰さんの小説『運転者』には、戦地で自分の死を覚悟した父親が、生まれたばかりの息子の未来を思う場面があります。
その思いは、時を越えて次の世代へとつながっていきます。

私の父も、終戦の年には15歳でした。私が子どもの頃、父から戦争中の話を聞くことがあり、「戦争をしてはいけない」ということを強く言われた記憶があります。

そして今年(令和7年)のお盆、祖父母の墓を訪れ、墓碑に刻まれた自分の知らない先祖の名前を見ながら、今の自分は数え切れない人たちから命のバトンを受け取って生きているのだと感じました。

平和とは、一人ひとりが自分の夢を追い、お互いを尊重し、支え合える社会なのだと思います。

受け継いだ命を大切にするだけでなく、その命を何のために使っていくのか。
終戦の日は、過去を振り返ると同時に、これからの生き方を考える日でもあるのではないでしょうか。

※これは、2025(令和7)年8月15日(金)21時から放送したプロティアン・ラヂオ「終戦の日に思う様々なこと。」の要約です。