今回から、労災保険法の給付についての話を始めようと思います。
保険給付には、業務災害に対するものと通勤災害に対するものがありますので、これらに関する主なところをまとめていきたいと思います。
今回は、まず、業務災害についてです。
業務災害
労災保険法第7条第1項第1号は「労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「業務災害」という。)に関する保険給付」を行うことを規定しています。
そして、業務災害と認められるためには、業務遂行性と業務起因性の2つが必要とされています。
業務遂行性・業務起因性
業務遂行性については、厚生労働省が平成29年1月20日に策定した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置 に関するガイドライン 」において、「労働時間に該当するか否かは、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんによらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものである」としていることから、この「労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否か」という基準が、ここでの業務遂行性に関わるものだと考えています。
また、「業務上」とは、業務と負傷等との間に一定の因果関係があることを求めています。
この2つの要件(業務遂行性と業務起因性)が認められるのであれば、事故が出張先で起きたとしても労災として認められることがあります。
実際、平成5年4月28日の福岡高裁判決(大分労基署長(大分放送)事件)では、次のような判決が出ています。
事件の概要は、大分放送の職員が出張先の宿泊施設において、階段から足を踏み外して転倒したことが原因で死亡した事案について、労災保険法に基づく療養補償給付等の不支給処分の取消しを求めて提訴したものです。
判決では、まず「宿泊を伴う業務遂行に随伴ないし関連して発生したものである」として業務遂行性を認め、次に「業務起因性を否定するに足る事実関係は存在しない」として業務起因性を認め、「労災法上の業務上の事由による死亡にあたる」としました。
業務上の疾病
労働基準法第75条第1項は「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。」としています。また、この条文を適用する「業務上の疾病及び療養の範囲」は、厚生労働省が定めています。ただし、この定めは対象疾病名を例示的に示しているものにすぎず、そこに具体的な疾病名がないからといって労災と認められないわけではありません。
例えば、新しい新型コロナウイルス感染症の患者が日本で最初に確認されたのが令和2年2月ですが、厚生労働省は、令和2年4月28日付け基補発0428第1号の同省労働基準局補償課長通知「新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて」によって、
医療従事者等については「患者の診療若しくは看護の業務又は介護の業務等に従事する医師、看護師、介護従事者等が新型コロナウイルスに感染した場合には、業務外で感染したことが明らかである場合を除き、原則として労災保険給付の対象となること。」との通知を出しています。
血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準
脳血管疾患及び虚血性心疾患等について、「業務による明らかな過重負荷が加わることによって、血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し、脳・心臓疾患が発症する場合があり、そのような経過をたどり発症した脳・心臓疾患は、その発症に当たって業務が相対的に有力な原因であると判断し、業務に起因する疾病として取り扱う。」(令和3年9月14日基発第0914第1号厚生労働省労働基準局長)としています。そして、具体的な判断基準としては、次のとおりとしています。
ア 長期間の過重業務
評価期間は、発症前おおむね6か月間です。
そして、「① 発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね 45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できる」、「② 発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる」とされています。
イ 短期間の過重業務
評価期間は、発症前おおむね1週間です。
具体的には、①発症直前から前日までの間の業務が特に過重であるか否か、② 発症前おおむね1週間以内に過重な業務が継続している場合には、特に過重であるか否かが判断されます。
心理的負荷による精神障害の認定基準
対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められる等の場合には、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱うこととされています。
このほかの疾病であっても、業務との相当因果関係があるものについては、業務災害と認められることがあります。
この回は、以上です。