S刑務所事件(東京地裁判決) (セクハラ等の行為を複数回行った国家公務員への懲戒処分が有効とされた例)

裁判例

令和6(2024)年4月25日に、この判決が出されています。

事件は、S刑務所D拘置支所に所属する刑務官(原告X)の女性職員Aに対するハラスメント行為に対して、S刑務所が減給の懲戒処分をしたことの取消しを求めたものです。

なお、資料として、労働経済判例速報(令和6年8月10日)を使用しました。

原告Xについて

原告Xは、S刑務所処遇部に所属する国家公務員で、その経歴は次のとおりです。

・平成3年2月1日付けでS刑務所の看守として任用された。

・平成8年4月から平成10年3月までC医療刑務所看護師養成所に就学し、平成10年4月1日に准看護師試験に合格した。

・平成10年3月にS刑務所に転任した。

・平成16年4月1日付けでS刑務所D拘置支所の矯正処遇官となった。

・平成26年1月14日に、副看守長昇進試験に合格した。

・原告Xは、Aの上司ではないが、Aより20年以上採用年次が早い先輩職員であり、職務についてAを指導することがあった。

女性職員Aについて

女性職員Aについては、次のとおりです。

・Aは、平成24年4月に、F刑務所の看守として任用された。

・平成29年4月からS刑務所D拘置支所に配属された。

・令和元年7月当時は27歳だった。

・Aは、S刑務所D拘置支所の処遇部門における女子被収容者の処遇に関する業務に従事していた。

事件の概要

裁判所の認定事実の整理

懲戒処分理由①

平成30年頃(時機不詳)、S刑務所D拘置支所の処遇部門事務室(以下「事務室」という。)において、原告XはAに対してAの業務が成果に結びつかなかったことについて「それはお前のマスターベーションだ」と言った。

懲戒処分理由②

令和元年6月中旬頃、事務室において、原告Xは、Aが被収容者の面会連行を行うべきところ、なかなかAが赴かないことから、Aにその理由を問いただした。

これにAが原告Xによる書類の処理が終わるのを待っている旨を返答したところ、原告Xはこれに立腹してAに対して書類を投げつけ、Aの右手指先に当たった。

懲戒処分理由③-1

令和元年6月中に、Aが、被収容者の薬の件で、S刑務所医務室(以下「医務室」という。)を訪れたとき、医務室に原告Xが一人でいた。

Aが、用件を済ませて帰ろうとしたときに、原告Xから「体重計に乗ってみろ」と言われた。

最初は断ったが、原告Xに執拗に袖を引っ張られたので、しぶしぶ体重計に乗った。原告Xから「ちょっとやせたのではないか」と言われたが、Aは何も答えずに仕事に戻った。

懲戒処分理由③-2

令和元年6月下旬から7月上旬、Aが女子収容者の件で医務室を訪れた際、原告Xは、Aになんの説明もなくAを持ち上げて診察ベッドに下した。Aは黙って起き上がり仕事に戻った。

懲戒処分理由③-3

令和元年7月12日の夕方頃、Aが医務室に行ったところ、原告Xがいきなり何も言わずに、Aの膝の裏に手を添えて抱きかかえAを診察ベッドの上に置いた。

Aは、原告Xに腹、足を触られ、その後、腹に聴診器を当てられ、原告Xから「病院に行った方がよい」と言われた。その後、Aは仕事に戻った。

なお、Aは、原告Xの勧めに従い7月13日に医療機関を受診したところ、担当医師から精査が必要と言われて救急車で別の医療機関に搬送され、搬送先の医療機関で腹部に手術の必要がある疾患の疑いがあると診断された。 Aは原告Xに対してお礼のメッセージを送り、14日には、原告Xと2人で食事をとり、Aは原告Xにお礼を述べた。

S刑務所の対応

  • 令和元年7月9日に、Aは、S刑務所分類教育部首席矯正処遇官との職員面接で、原告Xから受けている行為等について相談した。
  • 令和元年7月16日、25日、30日に、S刑務所総務部長は、Aから事情を聴取した。
  • 令和元年7月22日、23日、26日、29日及び8月29日に、S刑務所総務部長は、原告Xに対する事情聴取を実施した。

請求の趣旨

S刑務所長が原告Xに対して令和元年11月15日付けでした3か月の俸給の月額20%の減給する旨の懲戒処分を取り消す。

原告の主張

懲戒処分理由①について

Aに対して「それはお前のマスターベーションだ」という発言は1年前くらいに1度したことがあるが、自己満足にすぎないという意味で言ったものであり、その趣旨は明らかであるので、セクシュアル・ハラスメントには該当しない。

懲戒処分理由②について

Aに対して、立腹した事実も、Aに対して書類を投げつけた事実もないのに、これがあるとされたことは違法である。

懲戒処分理由③-1について

「腹部が病的に膨張していることが明らかなAに対して、「お前、なんか、ちょっと最近おかしいよ」と理由を告げた上で行った。しかも、Aは、原告が「ちょっと体重計に乗ってみたら」と述べたのに対し、自ら進んで体重計に乗った」

懲戒処分理由③-2について

Aが、半身麻痺の車いすの被収容者を公判廷に出廷させる方法を相談しに来たので、「(車いすに乗せるには、)担ぐしかないんじゃない?」と告げ、担ぎ方を教示した上で行った。

懲戒処分理由③-3について

「今まで見てたけど、あんまり気づかないみたいだから言うけど、かなりまずい状態だと思う。E先生に診てもらうか、俺がここで診て病院に行くか、どっちにする?」と説明し、Aから「お願いします」との了承を得た上で行った。

Aの主張(総務部長等による事情聴取の際の回答)

令和元年7月9日の本所分類教育部首席矯正処遇官の面接時

原告Xから「突然抱きかかえられて診察用ベッドの上に置かれたり、無理やり体重計に乗せられたりしたことがあり、原告には仕事でお世話になっている部分もあり、対応に悩んでいる。」

令和元年7月16日・25日の総務部長による事情聴取

懲戒処分理由①について

「Aが仕事で空回りしたときに、原告から「それは、お前のマスターベーションだ」と言われた、自己満足ということを言いたいのだろうが、別の意味もあり、言葉として卑わいな感じを受けるのでやめてもらいたい」

懲戒処分理由②について

事務室内で「言い合いになった際、書類を投げられたのは6月中旬頃だったと思う。(略)退出しようとしたところ、原告が「それなら、お前がやれ」と言い、Aのところに帳簿と願箋の入ったファイルが飛んできて右手の指先に当たったなどと話した。」

懲戒処分理由③-1について

「6月中に被収容者の件で医務室に行ったところ原告が一人でいた、(略)「体重計に乗ってみろ」といわれた、最初は断ったが、執拗に袖を引っ張られたので、服が破れたら困ると思い、しぶしぶ体重計に乗った」

懲戒処分理由③-2について

「6月下旬から7月上旬の夕方頃に医務室に行ったところ原告が一人でいた、原告と立ち話をして用件を終えたところ、原告がいきなり何も言わず、Aの膝の裏に手を添えて抱きかかえAを診察ベッドの上に置いた、Aは黙って起き上がり、仕事に戻った」

懲戒処分理由③-3について

7月「12日に、原告からお腹、足を触られ、その後お腹に聴診器を当てられた、原告からは病院に行った方がよいと言われた、このことは同月16日の事情聴取の際には話さなかったが、それはセクシュアル・ハラスメントを受けているというより、診察を受けている気持ちがあったためである。(略)①~③の原告の行為についてはセクシュアル・ハラスメントだという認識である。厳しい処分は求めないが、今後、原告と接することがないようにしてほしい。」

裁判所の判断

 懲戒処分理由①について

  原告XがAに対して「それはお前のマスターベーションだ」と言った事実が認められる。

「性的行為の意味を併せ持つ卑わいな印象を与える用語を、Aより20年以上採用年次が上の先輩職員である男性の原告が、20代の女性であるAに対し、業務の指導というAが回避できない状況で、A自身の行為の評価の比喩として伝えることには、性的な関心や欲求が含まれていたと認められる。したがって、処分理由①の言動は、性的関心や欲求に基づく言動と評価できる。」

「発言が性的な関心や欲求に基づくものと認められるか否かは、発言の内容、表現、状況及び相手などから客観的に判断するものであって、過去の他人の言動を模倣する原告の価値観、原告の不断の言動、発言時の原告の表面上の態度、原告の性的な選好、原告と同姓である他の職員の受け止め、職場の年長者である原告に遠慮したAの態度などによって判断するものではない」

「処分理由①の行為は、人事院規則10-10第2条1号のセクシュアル・ハラスメントに該当するといえ、人事院規則10-10第5条第1項に反し、国公法98条1項及び99条に違反するものであり、同法82条1項1号及び2号に該当する。」

懲戒処分理由②について

「Aは、当該出来事が起きた約1か月後の7月16日の事情聴取の時から、原告の投げた帳簿が右手の指先に当たった旨一貫して陳述している」

「原告自身が、出来事から約1か月後の同月22日の事情聴取において、Aに帳簿を投げつけたことを認め、投げた帳簿がAに当たったかもしれないがよく覚えていない旨を述べていた」

「原告は、本件処分庁に対し9月19日付けで手続書(略)を作成し提出しているところ、本件手続書には本件各事情聴取の事実関係に沿う内容が記述されており、これと異なる事実についての記載は見当たらない」

「処分理由②の言動は、Aに対する不法な有形力の行使に当たるから暴行に当たり、暴行罪(警報208条)が成立するとともに、不法行為(民法709条)に該当する行為であることから、国公法98条1項及び99条に違反するものであり、同法82条1項1号及び2号に該当する。」

懲戒処分理由③について

③-1について

「20代の女性であるAとしては自分の体重を同じ職場の男性職員に不必要に知られたくないと考えるのが通常であるから、いくら原告が准看護士の資格を有するといえ、原告の主張どおり、原告が「お前、ちょっと最近おかしいから体重計にのってみな」といった言葉をかけたとしても、体重を計測することに同意するとは考え難い。」

③‐2について

「Aに対し被収容者がAと同じ体形であるからAを抱え上げてみる旨理由を説明したことは主張しておらず、本件訴訟の当事者尋問で初めて、上記発言でもってAに抱え上げる理由を説明し旨供述するに至ったものである。」

「原告は、本件各事情聴取書及び本件手続書作成時は、Aに対し抱き上げる理由を上記発言のように説明したことを一切言及しておらず(略)、本件懲戒処分を受けた後の本件審査請求書でも、「被収容者・・・への対応方法を話題に上げつつ、移動時に抱き上げる方法があることを示唆してAに対し実演する等して」旨記載するのみであってAに対し被収容者がAと同じ体形であることからAを抱え上げてみる旨理由を説明したことは主張しておらず(略)、本件当事者尋問で初めて、上記発言でもってAに抱き上げる理由を説明した旨供述するに至ったものである。(略)仮に、原告がAに対しAを抱き上げる理由を説明したのであれば、本件各事情聴取書作成時や審査請求書や本件訴訟の準備書面で言及しないことは考え難いから、原告がAに対し抱え上げる理由を説明した旨の供述は、これを否定するAの証言との対比で信用できない。」

③-3について

A及び原告Xの主張からこれを事実と認める。

判断1(セクシュアル・ハラスメントの認定について)

「処分理由③-2の行為は、Aの両膝の裏に手を添え、右手をAの背中に回して抱き上げる行為、処分理由③-3の行為は、Aの腹部を触る行為であり、異性の身体のプライベートなプ分(不必要に他人に接触させたり見せたりしない部分)に接する行為であるところ、健康状態の確認のために、Aの同意をえることなく上記各部分に上記態様で接触する接触する合理的な必要性は何ら認めることができない。したがって、これらは、健康状態の確認を口実とした不必要な異性の身体への接触であって、性的な関心に基づくものと認められる。また、Aを不快にさせる行為であると言える。」

「処分理由③‐2・3の各行為は、人事院規則10-10第2条第1号の性的な関心に基づく人を不快にさせる性的言動としてセクシュアル・ハラスメントに該当するが、処分理由③-1の行為はこれに該当しないものと判断する」

「処分理由③-1の行為は、セクシュアル・ハラスメントには該当しないが、体重という他人に知られたくない個人情報をAの承諾なく入手する行為であって、Aのプライバシー権を侵害し職場で他の者を不快にさせる言動であるから、人事院規則10-10第2条第1項のセクシュアル・ハラスメントに準じる行為として、国公法99条に違反する。」

「処分理由③-2及び3の各行為は、人事院規則10-10第2条第1項のセクシュアル・ハラスメントに該当するから、人事院規則10-10第5条第1項に反し、国公法98条1項及び99条に違反する。したがって、処分行為③-1から3までの各行為は、いずれも同法82条1項1号及び2号に該当する。

判断2(懲戒処分について)

「公務員に対する懲戒処分について、懲戒権者は、(略)諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にはいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有しており、その判断は、それが社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となる」

「処分理由②の行為は、他の職員に対する暴行を行い、これによって職場の秩序が乱されたものであるから、本件指針において「停職又は減給」に相当する行為である。Aの言動を契機として感情的にとっさに行ったという点や、Aに障害を負わせることはなかった点考慮しても、そこまで軽く見ることはできない。」

「処分理由①の行為及び処分理由③-1から3までの各行為はセクシュアル・ハラスメントないしこれに準じる行為であり、「停職又は減給」に相当する行為であり、Aに対して、複数回繰り返されている点を考慮すると、これも軽く見ることはできない。」

「Aは原告に対し厳しい処分を求めているわけではないが、処分を求めていないわけでもない(略)。また、原告は、副看守長として他人を指導する職責にある。」

「以上の事情を考慮すると、原告が過去に懲戒処分を受けた事実がないこと(略)、本件支所の複数の職員から原告の本件支所での勤務態度に問題がなく範になるものである旨嘆願書が提出されていること(略)など、原告に有利な事情を考慮しても、3月間俸給の月額の100分の20を減額するという本件懲戒処分が、社会通念上著しく妥当を欠くものではなく、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものとは認められない。」

結論

本件懲戒処分に違法はなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却する。

所感

厚労省指針と人事院規則

男女雇用機会均等法第11条は「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」としています。

民間企業では、厚生労働省が公表している「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(以下「厚労省指針」という。)等をもとにセクシュアル・ハラスメントの防止策を講じるのが一般的だと思いますが、この男女雇用機会均等法の規定から、厚労省指針では、「職場におけるセクシュアルハラスメントには、職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受けるもの(以下「対価型セクシュアルハラスメント」という。)と、当該性的な言動により労働者の就業環境が害されるもの(以下「環境型セクシュアルハラスメント」という。)がある。」としています。

一方、人事院規則では、「セクシュアル・ハラスメント」を「他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動」と、また、「セクシュアル・ハラスメントに起因する問題」を「セクシュアル・ハラスメントのため職員の勤務環境が害されること及びセクシュアル・ハラスメントへの対応に起因して職員がその勤務条件につき不利益を受けること」と定義しています。

このことから、人事院規則に定める「セクシュアル・ハラスメント」は、厚労省指針が定める類型のうち環境型セクシャルハラスメントに相当するもの、「セクシュアル・ハラスメントに起因する問題」は、対価型セクシャルハラスメントに相当するものと考えられます。このことから、厚労省指針と人事院規則では、規定のしかたに若干の違いがありますが、基本的な考え方は同じだと思います。

処分理由となった各行為について

本件では、Aの総務部長への話から、Aが原告Xの①~③の行為をセクシャル・ハラスメントだと感じていることがわかりますので、人事院規則が定める「他の者を不快にさせる職場における性的な言動」(セクシュアル・ハラスメント)に該当すると判断されることは当然だと思います。

また、処分理由①の部分について、裁判所は「性的行為の意味を併せ持つ卑わいな印象を与える用語を、Aより20年以上採用年次が上の先輩職員である男性の原告が、20代の女性であるAに対し、業務の指導というAが回避できない状況で、A自身の行為の評価の比喩として伝えることには、性的な関心や欲求が含まれていたと認められる。」としているとしているわけですが、「Aより20年以上採用年次が上の先輩職員である」原告が、「業務の指導というAが回避できない状況」でしたという状況は、「職務に関する優越的な関係を背景として行われる」という点において、人事院規則10-16(パワー・ハラスメントの防止等)第2条に通じるところもあると思いました。

もちろん、パワー・ハラスメントの場合には「業務上必要かつ相当な範囲を超える言動であって」という要件もありますので適用される範囲は異なりますが、本件では、職場における不適切な言動という意味で若干の重複感を感じました。

人事院規則による懲戒の基準

国家公務員の場合、人事院規則によって懲戒処分が規定されています。民間企業等の場合には、就業規則にその根拠があるかが重要な問題です。

いずれにしても、事前に非違行為ごとにどのような懲戒処分が行われるかを示すことにより、予測可能性があり、また抑止力にもなり、加えて、公平性、透明性、そして適正手続きも期待できます。そして、この人事院規則の下に「懲戒処分の指針について」という通達があり、具体的には、この通達によって取扱いが示されています。この中に「相手の意に反することを認識の上で、わいせつな言辞、性的な内容の電話、性的な 内容の手紙・電子メールの送付、身体的接触、つきまとい等の性的な言動(以下「わいせつな言辞等の性的な言動」という。)を繰り返した職員は、停職又は減給とする。」という項目がありますので、今回の処分には、これが使われたものと思われます。

また、減給の割合については、人事院規則第3条に「減給は、一年以下の期間、その発令の日に受ける俸給の月額の五分の一以下に相当する額を、給与から減ずるものとする。」とありますので、これが適用されています。

裁判所の判断について

今回の場合は、処分理由①②③ともに、人事院規則に則って、事実の認定と同規則への当てはめから、②③はセクシュアル・ハラスメントと認定し、①はこれに準ずる行為とされました。

そのうえで、S刑務所長による懲戒処分は、「裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものとは認められない。」として、原告Xの請求を棄却しています。

もともと今回の請求は、S刑務所長による懲戒処分の取消しを求めるものですので、行政事件訴訟法第3条第2項の規定による取消訴訟です(なお、国家公務員法第90条の2の規定により、人事院への審査請求の後に、本件提訴が行われていることが判決文からもわかります。)。

東亜ペイント事件(昭和61年7月14日最高裁)でも、「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができる」としていますし、人事管理については事業主に裁量権が認められます。この点は、国家公務員についても、同様に、任命権者に一定の裁量権が認められています。

ちなみに、民間企業等では、使用者と労働者との間に労働契約がありますが、公務員の場合には国や地方公共団体との間に労働契約はありません。これに相当するものが「任用」です。

国家公務員法第33条は「職員の任用は、(略)その者の受験成績、人事評価又はその他の能力の実証に基づいて行わなければならない。」として「任用」という用語を使用しています。

また、第55条は「任命権は、(略)内閣、各大臣(略)、会計検査院長及び人事院総裁並びに宮内庁長官及び各外局の長に属するものとする。」として、任命権者を定めています。

これによって、任命権者が特定の者を職員として任用することで、任用された者は国家公務員となり、国家公務員として国家公務員法その他の法令の適用を受けるようになります。

地方公務員の場合も地方公務員法により同様の仕組みになっています。その意味では、就業規則に相当するものが、国家公務員法又は地方公務員法を中心に法律や条例等ということです。

話を基に戻します。

職員の懲戒処分は、任命権者に認められた裁量権に属するものです。

行政事件訴訟法第30条は、「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。」としていますので、本件でも、判断の中心は、この懲戒処分に「裁量権の範囲をこえ又はその濫用が」あったか否かであり、その判断の前提として、原告Xの行為が人事院規則に定められたセクシュアル・ハラスメントに該当するかを検討した、ということだと考えています。

つまり、処分理由①②③が人事院規則が定めるセクシュアル・ハラスメントに該当するか否かが直接争われたというではなく、S刑務所長がした原告Xへの懲戒処分に裁量権の逸脱又は濫用があったかを判断するのがこの裁判の本質だったわけです。

ただ、その前提として、処分理由①②③が人事院規則が定めるセクシャル・ハラスメントに該当するか否かを判断していかないと、本件懲戒処分が任命権者の裁量権の範囲に収まっているか否かが判断できないことから、原告Xの行為の事実認定と人事院規則への当てはめ、そしてそれに基づく妥当性の確認、さらには、それが国家公務員法(信用失墜行為の禁止)に抵触することを確認することによって、本件懲戒処分の妥当性を認めたものです。

そう考えると、判決では、「処分理由③-1の行為は、セクシャル・ハラスメントには該当しないが、体重という他人に知られたくない個人情報をAの承諾なく入手する行為であって、Aのプライバシー権を侵害し職場で他の者を不快にさせる言動であるから、人事院規則10-10第2条第1項のセクシャル・ハラスメントに準じる行為として、国公法99条に違反する。」としているのですが、人事院規則の規定からすると、あえてこれをセクシャル・ハラスメントに「準じる行為」とせず、プライバシー権の侵害ということを示すだけでも、本件裁量権の妥当性を説明するには十分だったのではないかと思います。

いずれにしても、裁量権行使の妥当性が認められた以上、原告Xの請求に理由がないと判断されたのは当然の流れだったと思います。

以上です。

PAGE TOP